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[ai] 千代の富士追悼版「関口宏の人生の詩」感想②肩の脱臼に悩まされた十両時代

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

8月頭にBS-TBSにて、九重親方(元千代の富士)が出演した「関口宏の人生の詩」の再放送が放送されました。

その感想を8回に分けて述べさせていただいております。
その2回目です。

[ai] 千代の富士追悼版「関口宏の人生の詩」感想①相撲に興味がなかった少年時代 の続きです。

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第2章 いつ辞めてもと… 大相撲の世界へ

入門早々、間違った世界へ来てしまったと後悔

飛行機に乗って東京へ行ってみたい。
嫌になったらいつでも辞めよう。

そんな軽い気持ちで、
千代の富士は昭和45年、中3の時に入門。

入門早々「間違った世界に来てしまった」と
後悔したそうです。

地元では体の大きかった千代の富士ですが、
相撲部屋にはもっと大きなお相撲さんがわんさか。

「食われると思った」と、
九重親方は当時を振り返って話していました。

投げてばかりいたせいで脱臼に悩まされた十両時代

でも、何とか続いて、
昭和49年には幕下で全勝優勝。

めきめきと番付をのばし、
翌年には十両へ昇進します。

十両時代は、
投げて勝つことにこだわっていたため、
よく左肩を脱臼していました。

当時の解説者にはしょっちゅう
「体の割に相撲がデカい」
と言われていたそうです。

でも、「大きな相手をぶん投げると、
2、3番くらい勝ったようないい気持ちになる」
と、親方は当時を振り返って話していました。

でも、気持ちは2、3番勝っていても、
実際の白星は一つ。

相撲が大きいと不利な体勢になることも多く、
怪我にも繋がるので良くありません。

十両時代の千代の富士は、
体に合わない相撲を取っていたため、
左肩の脱臼癖に悩まされることとなります。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

[ai] 千代の富士追悼版「関口宏の人生の詩」感想③ウルフが化けた! に続きます。

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