[ai] 双葉山さんのTHE 歴史列伝 | 大相撲取組結果一行メモ

[ai] 双葉山さんのTHE 歴史列伝

こんにちは^ ^

好角家クリスチャンのペパーミントあいです。

2017年4月に放送された
「THE 歴史列伝」にて、
双葉山さんの特集が組まれました。

ただただ胸がいっぱいになるばかりでした。

スポンサーリンク




双葉山さんのTHE 歴史列伝

2017年4月にBSにて放送された
「THE 歴史列伝」という番組を、
少し(かなり?)遅れて6月に録画で見ました。

双葉山さんの69連勝に至るまでの
道のりを追った番組だったのですが、

見終わったあとはとにかく
胸がいっぱいになりました。

双葉山さんについては、
「かっこいい」とか「すごい」という
言葉ではとても語りつくせないのですが、

他に上手い表現も出てこないので、
結局「ただただかっこいい」
「ただただすごい」としか言いようが
ありません。

少年時代の双葉山さん

本番組では、
双葉山さんの少年時代から遡って
69連勝に至るまでの道のりを追っていました。

少年時代の双葉山さんは、
細くておとなしい子供だったものの、

父の作った5000円(今の5千万円相当)の
借金を返すため、

日々舟を漕ぎ出して
黙々と運搬のお仕事をします。

おかげで相撲に大事な下半身や、
様々な筋肉が鍛えられました。

その甲斐あってか、
嫌々出場した地元の相撲大会で、
その地域の並居る猛者たちを
軒並み倒して優勝!

地元の新聞に「怪童現る」と
取り上げられ、

当時の立浪部屋からスカウトもかかります。

双葉山さんは運搬の仕事中に
小指を潰してしまった、

子供の時、吹き矢で遊んでいて
右目がほとんど見えなくなっていた、

という、相撲にはとても不利な
2つのハンディがありましたが、

父の借金を返すため、
入門を決意しました。

横綱 玉錦に気に入られる

入門当初の双葉山さんは、
約173cm,70kg。

白鵬の入門時の数字に近いんじゃないかと
思いますが、
とても細かったようです。

細いからすぐ攻め込まれてしまうも、
土俵際で強靭な粘り腰を発揮して
うっちゃって勝つことが多かったため
「うっちゃり双葉」と揶揄されていたようです。

出世は決して順風満帆ではなかったけれど、
稽古熱心な姿を当時の横綱 玉錦に見込まれ、
稽古をつけてもらって少しずつ強くなります。

初優勝は本人より玉錦さんが嬉しそうだった

ついに双葉山は本場所の土俵で
玉錦を破り、恩返し!

その場所で初優勝!
その上全勝優勝でしたvv

(稀勢の里が優勝した場所で、
「初優勝が全勝優勝だったら双葉山以来」
という話題も出た気がしますが、
このことだったんですね!)

優勝祝賀会には玉錦も駆けつけ、
写真では双葉山さんより嬉しそうな顔を
していました(笑)

玉錦さんはやんちゃで喧嘩っ早い人
だったけれど、

一方では稽古熱心で、情に熱い人でも
あったようですね^ ^

本当に双葉山さんのことを可愛がって
いたんだなというのが、
写真から伝わりました^ ^

この時点で双葉山さんは前の場所の
白星も足すと16連勝、だったでしょうか?

すでに69連勝への記録が
始まっていました。

妥当・双葉山!

双葉山が連勝記録を打ち立てると、
メディアも徐々にこれを取り上げるようになり、

周りの力士たちも妥当・双葉に
燃えるようになります。

その筆頭候補は早稲田大学出身のインテリ力士・
笠置山でした。

笠置山は映画館に通いつめて
双葉山さんの相撲を徹底研究。

双葉山さんが右からの攻めに弱いこと、
ひょっとしたら右目が見えていないんじゃないか、
というところまで突き止めました!

当時は家庭用のビデオなんてないですから、
相当な頭脳と努力がいることだったと思います。

残念ながら笠置山は実戦でそれを
活かすことは出来なかったものの、

同じ一門の安藝ノ海が、
のちに笠置山の助言を受けて
右からの外掛けで双葉山を破ります。

双葉山さんの連勝を69で
ストップさせました!

※この外掛けについては、
「安藝ノ海の仕掛けた外掛けが決まった
ものではない」というようなことが
Wikiぺディアには書いてありましたが、
ぱっと見は外掛けが決まったように見えました。

満身創痍だった場所

69連勝がストップした場所の直前、
双葉山さんは度重なる試練に襲われていました。

場所前にアメーバ赤痢に感染し、
体重が20キロも減少。

今の200キロの力士が20キロ痩せれば
「痩せて良かったね」で済みますが、

当時の双葉山さんは130キロが110キロまで
落ちてしまったので、
相撲に支障を来すレベルでした。

その上赤痢ですからねm(_ _)m

はっきり言って相撲の取れる状態では
なかったと思うのですが、

それでも出場に踏み切ったのは、
恩人・玉錦の急死を受けてのことでした。

玉錦はこの場所の前の巡業中に
腹膜炎を患いながらも興行を続け、
34歳の若さで急死。

精神的にも肉体的にも
相当きつい状態だったと思うのですが、
双葉山さんは出場に踏み切りました。

安藝ノ海に敗れたのは、
4日目のことです。

その後双葉山さんが残した言葉、
「我、今だ木鶏にたりえず」は
あまりにも有名です。

今は今で素晴らしい

物凄く強かったこと、
とても人格者であったことで
有名な双葉山さんですが、

色々あった人生だったんですねぇ。。。

とにかく見終わったあとは
胸がいっぱいになりました。

番組の最後には、
MCの六平直政さんと舞の海秀平さんが
「また双葉山のような力士が出て欲しい」
と話していました。

双葉山が現代にいたらどんなだったのか、
という興味は、わたしもあります。

でも、今の時代に双葉山さんを求めなくても
いいんじゃないかとは思いました。

双葉山さんが偉大な人として名を残しているのは、
あの時代に生まれたことも含めて、
様々なことが重なってのことと思うし、

双葉山さんは後にも先にも、
この世に一人しかいません。

双葉山さんは双葉山さんで凄い人だけど、
今は今で、いい力士、面白い力士はたくさんいる。

それはそれ、
これはこれで素晴らしい、
で、いいんじゃないかと思うのです。

以上、長くなりましたが、
ペパーミントあいがお届けいたしました。

スポンサーリンク







[ai] 双葉山さんのTHE 歴史列伝
この記事をお届けした
ペパーミントあいの大相撲取組結果一行メモの最新ニュース情報を、
いいねしてチェックしよう!

本記事をシェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

更新情報をフォローする