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[ai] 相撲どころ・鹿児島県奄美大島出身の力士たちと島相撲

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

平成28年大相撲夏場所7日目。

BS-NHK中継、幕下の取り組みの合間に、鹿児島県奄美大島出身の力士についての話題が上がりました。

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実は相撲どころ・奄美大島

現在、鹿児島県出身の力士は全部で31人。

うち、幕下の力士は7人で、7人中6人は奄美大島出身です。

奄美大島出身の幕下力士は、勝誠、坂元、明生、若乃島、慶天海、榮。

関取では十両の里山、千代皇、千代丸。幕内には千代鳳がいます。(奄美大島以外も含めて)

独特のスタイル・島相撲

鹿児島県、特に奄美大島の子供たちは、島相撲と呼ばれる独特のスタイルの相撲を取るそうです。

里山のような潜る相撲が、その代表格とのこと。

プロ入り後はタイプの変わる力士も多いようだけれど、里山関のようにそのスタイルがずっと残る力士もいるようです。

この日のBSの中継では、鹿児島県出身の力士たちの談話が紹介されていました。

禧勢ノ山

禧勢ノ山は奄美大島ではないけれど鹿児島出身。奄美大島出身の元学生横綱・禧久昭広先生の指導を受けたそうです。

前さばきについて指導されると思っていたけれど、先生からは「押し一本で行け」と言われました。今は押しだけでは通じないので、先生に電話をして前廻しの取り方を教わっていて、とても参考になっているとのこと。

禧勢ノ山の所属する木瀬部屋は、大所帯なので、こうして師匠以外の方からも自主的に教わるんですねぇ。。。

榮も奄美大島出身。子供の頃から頭を潜らせる相撲を取っていたそうです。指導されたわけではないけれど、周りの子供や指導者もそういう相撲を取っていたので、自然に身についたとのこと。

鹿児島商業高校では禧久昭広先生の指導を受けました。頭を脇の下に潜り込ませる相撲では勝てないので、頭を真っ直ぐつけて左の前廻しを取り、前に出る相撲を指導されたそうです。

プロ入り後は首の骨折などの影響で頭を真っ直ぐつけることは出来ないけれど、今は動きの中で足を出すことを心掛けているとのこと。この辺りは共通しているので、今に繋がっているようです。

慶天海

慶天海も奄美大島出身。

奄美大島は中学校の相撲が強く、慶天海は瀬戸内町出身。瀬戸内町の古仁屋中学校に通っていました。幕下の明生も古仁屋中学の出身です。

鹿児島県の全国大会に向けた県大会の決勝は、古仁屋中学と奄美市の赤木名中学の決勝になることが多く、赤木名中学は里山、若乃島の出身校です。

県大会の決勝は北の古仁屋中学、南の赤木名中学と島を二分する盛り上がりになるとのこと。

慶天海は島相撲と言われる相撲を子供の頃から取っているけれど、よく指導されたのは「前に出ろ」ということ。今場所はなかなか前の出れていないので、初心を思い出して前に出る相撲を取っていきたいと話していたとのことです。

禧久昭広(きくあきひろ)先生について

話題の中で度々名前が出てきた禧久昭広先生。

日大相撲部の元主将でアマチュア横綱に2回輝き、当時のアマチュア相撲の世界では相当お強い方だったようです!

日大では後の幕内力士となった舞の海さんや大翔鳳さんと一緒に汗を流されたよう。

卒業後は郷里の鹿児島県で教職に就き、後進の指導をされているみたいです。舞の海さんよりもさらに小兵ながら、技能派の選手としてその名を轟かせたお方のようです!

指導した生徒がプロ入りして活躍されているということは、選手としても指導者としても、相当凄い方なのでしょうね。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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