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[ai]【中入企画】明るく温和なレジェンド 旭天鵬の土俵人生を振り返る

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

平成27年秋場所中日の中入りに、先場所引退された元旭天鵬関の特集が、NHKの相撲中継で放送されました。

大島親方(元旭天鵬)を放送席に招いての特集でした。

実況は白崎義彦アナウンサー、解説は北の富士勝昭さんでした。

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元関脇 旭天鵬 勝 略歴

※ここに記載させていただくデータは、全て当該特集にて紹介されていたものの引用です。

昭和49年9月13日生まれ
平成4年春初土俵(17歳 モンゴルから旭鷲山ら6人で来日)
平成8年春新十両(21歳)

今でこそ、かなりの割合で見かけるモンゴル出身力士。
その第1号は、何を隠そう、先場所引退されたレジェンド 旭天鵬関なのです!

でも、関取に上がったのは一緒に来日した旭鷲山関の方が先でした。
わたしの記憶が正しければ、当時の外国人力士といえば、ハワイ出身の小錦、曙、武蔵丸くらいだったので、モンゴル出身の旭鷲山が非常に物珍しかったのを覚えています。

そのせいか、少し遅れて上がった旭天鵬関は、ちょっと旭鷲山関の陰に隠れてしまっている印象でした。

平成10年初新入幕(23歳)
平成12年初敢闘賞受賞&幕内初の二桁勝利!(25歳)
平成14年初新三役(27歳)

同年秋初金星(対 貴乃花)
平成15年春二度目の金星(対 朝青龍)

貴乃花からの初金星は、ちょっと色々あった金星でしたね。
当時の貴乃花関は7場所連続休場後、再起をかける土俵で、負けたらもう引退なんじゃないかと囁かれていました。

そんな時、2日目にして旭天鵬が勝ってしまったものだから、ファンはショックで静まり返ってしまい、「横綱を倒した、やったぁ!」どころか「お前のせいで貴乃花が引退したらどうしてくれるんだ!?」と、失礼なことを言う人まで出た始末。

貴乃花はスターでしたからねぇ。
結局、その後貴乃花は勝ち続け、千秋楽まで武蔵丸と優勝を争いました。

貴乃花が優勝すれば、旭天鵬も殊勲賞を受賞出来たのですが、優勝は出来なかったので、三賞も受賞出来ませんでした。

この金星について、大島親方は「嬉しかったけれど、複雑な思いもあった。でも、たくさん稽古もつけてもらったし、勝つことが恩返しだと思って精一杯やった」とのこと。

ちなみに、モンゴル出身力士で貴乃花に勝っているのは、旭天鵬ただ一人とのことです。

平成17年6月日本国籍取得(30歳)
平成24年夏幕内優勝(37歳8ヶ月、最年長)
平成27年名古屋 引退(40歳10ヶ月 最年長幕内力士) 年寄 大島を襲名

日本国籍取得当初は、祖国から大変なバッシングを受けたそうですが、今ではだいぶ理解されつつあるとのこと。

時間をかけて説明したり、すぐに引退して親方にならなかったことで、理解を得られたようです。

最年長での幕内優勝は、記憶に新しい方も多いのではないでしょうか?

いつしかレジェンドと呼ばれるようになりました。

そのレジェンドは、先場所引退。
40歳10ヶ月という、史上最高齢幕内力士としての引退となりました。

本当に長い間、お疲れ様でございます。

更新した記録の数々

ベテランになってからの旭天鵬関は、記録を更新することを励みに頑張っておられたのは、多くのファンが知るところと思います。

主な記録をご紹介したいと思います。

◎幕内出場回数
1 旭天鵬 1470
2 魁皇 1444
3 高見山 1430
4 寺尾 1378
5 安美錦 1305 ※平成27年秋場所中日現在・現役中

◎通算出場
1 大潮 1891
2 旭天鵬 1871
3 寺尾 1795
4 魁皇 1731
5 若の里 1691

◎通算勝星
1 魁皇 1047
2 千代の富士 1045
3 大潮 964
4 北の湖 951
5 白鵬 934 ※現役中・平成27年秋場所中日現在
6 旭天鵬 927

◎幕内在位
1 魁皇 107
2 旭天鵬 99
3 高見山 97

色々な記録にランクインしていても、1位はなかなかかれなかったので、1位を取りたかったとのこと。

幕内通算出場では、見事、1位に輝きました!

正直、十両に落ちてもう一度戻って来られるだけの力はあるように思えたし、戻ってもう一度記録に挑むという選択もあったかとは思うのですが……

以前から宣言されていた通り、十両落ちを機に、潔く引退されました。

多くの力士は、気持ちは続けたくても体がついていかなくて引退されることが多いのですが、旭天鵬さんの場合は逆で、体はまだいけるけど、気持ちが切れてしまったとのこと。

惜しい気持ちもありますが、惜しまれながら引退するくらいが、ちょうどいいのかもしれません。

昨今のモンゴル出身力士事情について

主なモンゴル出身力士の入門年は、以下の通りです。

平成4年 旭天鵬、旭鷲山
平成11年 朝青龍
平成12年 朝赤龍
平成13年 日馬富士、白鵬、鶴竜
平成14年 時天空
平成23年 照ノ富士
平成26年 逸ノ城

第一号の旭天鵬、旭鷲山から第二号の朝青龍が入門するまで、7年もかかっています。

旭鷲山が関取になったことは、モンゴルでも大変話題になったけれど「俺も日本で相撲やりたい!」という人が出てくるまでには、それなりの年数がかかりました。

でも、その後は次々入門希望者が増え、現在では、協会の外国人枠による制限もあり、物凄い倍率になっているとのこと。

ここで白崎アナと北の富士さんが、「モンゴル出身力士ばかりが強くなるのは複雑」「日本人も奮起しないと」というようなことを話しだした時には、それを大島親方本人の前で言うのかと思ってしまいましたが……

温和な大島親方は「向こうだって優秀な若者を日本の相撲に取られたくないでしょ?」と言う北の富士さんに「必死で止めにかかってると思います」と、笑いながら頷いていました。

もっとも、日本人力士が強くならなければ相撲は盛り上がらない、ということは、元朝青龍さんや曙さんもおっしゃっていることなので、当事者の方々はそこまでピリピリしてはいないのかもしれませんが……

師匠の元大島親方 太田武雄さんからのコメント

「やっと心配しなくてすむ。ここまで長くやるとは思わなかった。(優勝パレードに同乗したことのついて)部屋持ちだったら乗れなかったので、それも運命かと思い、嬉しかった。長い間ご苦労様でした。子供が小さいから、これからは体に気をつけて頑張ってほしい」

旭天鵬関が優勝したのは、師匠が定年退職し、所属していた大島部屋が閉鎖した直後のことでした。

部屋の親方だと、パレードから戻ってきた弟子を迎える役目があるため、一緒に車に乗ることは出来ないのですが、定年退職されたあとだったから、出来たのですねぇ。

そして、師匠にとって弟子は、いくつになっても心配で仕方ないものなのでしょうか?
親心が伺えます(笑)

師匠も長い間お疲れ様でした^ ^

そんな師匠に対し、現 大島親方のコメントは

「たくさん迷惑もかけたけど、僕を選んでくれて、最後まで面倒見てくれたので、恩返しが出来て良かった」

とのこと。

その迷惑の一つは、かの有名な“脱走事件”ですよね。

父親の勧めと日本に行ってみたいという気持ちで大島部屋に入門したものの、稽古があまりにも厳しく、一緒に入門したモンゴルの仲間5人でモンゴル大使館に脱走。

本当にモンゴルに帰ってしまいましたが、親方は、わざわざモンゴルまで説得しに来てくれました。

優勝して、パレードの車に同乗してもらうことが出来たのは、素敵な恩返しだったと思います!

付け人は4人関取に昇進!

旭天鵬関の付け人を務めた力士は、過去に4人、関取に昇進しています!
……これがどれくらい凄いことなのか、わたしにはよく分からないのですが、きっと凄いことなのだと思います(^_^;)

関取になったのは旭南海、旭大星、旭日松、旭秀鵬の四人。

うち、旭大星と旭日松は現在十両、旭秀鵬は幕内で、いずれもこの日、白星を挙げました(^O^)

ちなみに、現在旭秀鵬が使用している水色の締込みは、彼が関取昇進時に旭天鵬関が贈ったものとのこと。

「付け人に稽古をつけるのは当たり前だからみんなやるけれど、関取になったあとにそこまでする人はそういない」と、北の富士さんが絶賛されていました!

その旭秀鵬によると「関取はとにかくタフ。夜のお付き合いをしたあとも翌朝は何事もなかったように稽古場にいた」そうです(笑)

また、「関取にはなったけれど、まだ恩返しは出来ていない。もっと上位で取らないと」とも話していて、そのリポートが伝えられると、大島親方は「その通り」と頷いていました。

旭秀鵬は怪我が多い力士。大島親方によると「体は柔らかいけど相撲が硬い」から怪我をするのだそうです。

ゆかりある方々からのコメント

その他にも、ゆかりある方々からのコメントが紹介されていました。

白鵬「大先輩は引退し、一つの時代が終わった気がする。テレビで見て憧れた人と同じ一門に入れたことは財産だった。親方の立場は馴染まないだろうが、親方としての仕事も学びたい」

白鵬にも、昔はよく胸を出したとのこと。

ちなみに、同じ一門だけれど、照ノ富士とは本場所でも稽古場でも、一度も胸を合わせたことがないそうです。

安美錦「明るくて、太陽みたいな存在ではないが、元気をもらった。旭天鵬関が頑張っていたのでそれに引っ張られてよし俺も、という気持ちもあったので、それがなくなったのは残念だが、あとは自分が旭天鵬関の記録を抜けるように頑張りたい。長い間本当にご苦労さまでした。いい弟子を育てて下さいというのと、今度出稽古に行ったら胸でも出して下さい。まだまだいけると思うので」

大島親方は安美錦関のことを「安美ちゃん」と呼んでおられるようです。

魁聖「旭天鵬関が来て、部屋が明るくなった。負けても明るくて元気だった。自分が負けて落ち込んでいる時は、命までもっていかれるわけじゃないんだから、くよくよするな、頑張れと励ましてもらった。何よりも感謝しているのは、日本国籍取得の時にアドバイスしてくれたこと」

魁聖は大島部屋が閉鎖後、移籍した友綱部屋に在籍していたブラジル出身の力士。
最近、日本国籍を取得しました。

国籍の変更手続きをする人はそういないので、アドバイスをもらえてとても助かったとのこと。

安美錦と魁聖のコメントから、とても明るい人柄であることが伺えます。

一緒に引退した若の里

ファンなら、同時期に引退した若の里関と旭天鵬関をセットで思い浮かべる方も多いかと思います。

若の里と旭天鵬の最後の相撲は、平成26年名古屋場所。
極めて出る旭天鵬が優勢かと思われたけれど、残した若の里が力で押し出す、意地を感じる相撲でした!

そのちょうど一年後に、引退されたんですねぇ。。。

若の里関とは「お前がやめるまで俺はやめないぞ」とよく話していたそうですが、まさか同時にやめることになるとは、本人たちも思ってもみなかったようです。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

ところどころ意訳があったり、実際に紹介された順番とは前後していることは、ご了承下さい。

旭天鵬関、本当に長い間、お疲れ様でした!

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